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12月5日はタイのプミポン国王の誕生日。この日をタイでは「ワンポー」と呼びタイ全土を通して休日となる。ワンとはタイ語で「日」、ポーとはタイ語で父親を表し、ワンポーで父の日となる。ワンポーの日には、プミポン国王を祝うのはもちろんのこと、タイ人はこの日を父の日と考え、自分達の父親に最大限の感謝をささげる日。タイ人はみなこの日に自分の父親を招待してご馳走を食べたり、日ごろの感謝をこめて贈り物をするのが慣例となっている。ちなみにシリキッド王妃の誕生日はワンメー(母の日)となり、タイ国民は王妃の誕生を祝うとともに、自分の母親に感謝をこめてジャスミンの花をささげるのが慣例。町にはたくさんのジャスミン売りがあふれ、ジャスミンを使った贈り物細工も増える。そして母親を招待して食事を共にする。 タイの王様は本気で国民に愛されている。部屋の中に国王の写真を飾るのは普通のこと。国王の写真は家族や友人の写真より数段高い位置に飾られる。朝は8時、夕方は6時から国家が放送され、国民は立ち止まりその場に足をとめる。映画の上映前には国家とともに、必ず国王の業績をたたえるビデオが流れ、全員起立。オフィスや商店の片隅に必ず国王の写真が飾られている。毎日夜8時からは、今でこそ健康上の都合から国王はほとんどお姿を現さないものの、王族一家の国務のご様子がテレビで放映されている。 ラチャダムヌーン・クラン通り 王様と王妃の肖像画 ワットプラケオ前の交差点民主記念塔王位にお就きになった数年後の1955年、国王陛下は王妃陛下を伴われて、タイ王国の中で最も忘れ去られ貧しい地域であるタイ東北部へ22日間の遠征をされた。この遠征がその後の統治の様式を形作ることとなり、国王陛下は毎年1年に7−8ヶ月はバンコクを離れ、国の色々な地域を訪れています。単なる広報活動とではなく実際的な目的を達するためのものであり、大変教養の豊かなプミポン国王陛下は、貧困を撲滅し国の成長を高めるための、特に農業に関連する開発計画の開始と促進に直接的に関わられました。また個人的に科学技術の分野に興味がおありであるプミポン国王陛下は、灌漑や作物代替プログラムといった広範囲の開発計画に専念されたり、具体的に雨の少ない農村地帯に飛行機を使って人口雨を降らせるなどの積極的支援をされています。そのほか外国語が堪能、野良犬をひろい訓練プログラムを組まれたり、作曲や映画、創作やスポーツなどあらゆる分野で才能あふれる人物であられるのです。国民に愛される王様となるのは、王位に就任された時点で自動的にというわけではなく、王位を継承されたときから、社会貢献活動に積極的に取り組まれ、一歩一歩国民の尊敬を得ていったからなのです。 国王は西暦1927年のお生まれで王位を継承されてからじつに60年以上となり、ギネスブックにも載っているほど。この記念すべき誕生日前日にラチャダムヌーン・クラン通りの民主記念塔からサナーム・ルアン(王宮前広場)にかけて車を走らせてみました。通りには王様の肖像画が飾られていて、中央分離帯には王様を祝福する大きなポスターも飾られきれいにデコレートされていました。華やかな電飾が木々をいろどり、美しくライトアップされています。通りの歩道には、子供たちがタイ音楽を演奏しており、王様、王妃様の写真が飾られ、祭壇も設けられています。車はここでワット・プラケーウ前の交差点へ。ここにも特大の王様と王妃様の肖像画が飾られており、多くの人出で、警察官が交通整理に当たってました。たくさんの車が行き交い早くも渋滞しています。夜の王宮広場前にはたくさんの人が集まり、夜店が出てかなりの賑わい。これからここで花火大会が行なわれる模様でした。 これだけ国民から愛され、心からその誕生を祝われる王様も素晴らしいし、その誕生を祝えるその国民達もまた素晴らしいなぁと思った心あたたまるドライブとなりました。